「worry,worry,worry」

 ミライは、自分達の仲間。
 たとえ、何者であっても。
 疲労困憊の色濃い中にも、穏やかな表情を刷いて、倒れたそのままで眠る姿を見つめながら、皆でそう確認しあった。ミライは、メビウスは、自分達の仲間だと。
 手続きを終えて戻ってきたサコミズに促されて、クルー達は名残惜しげに病室を後にした。メディカルエリアの廊下にも、夕暮れの闇が迫っていたが、心の中は暖かかった。裏切られたとは、誰も思わない。むしろ嬉しいと、皆が思う。伝えたい言葉が届くところに、信じていたい仲間がいる。仲間だと思って信じていたことが、本当だったのだと確証が持てて、とても嬉しい。
 はにかむような笑みと共に戻ってきた姿が、愛しくて大切だった。
 居住区へと歩きながら、誰も何も言わなかったが、誰の胸の中も、暖かく満たされていた。

 翌朝、早くに目覚めてしまい、仕方なく少し距離の長い海辺の走り込みを終えたものの、それでも時間を持て余したリュウが、早すぎるかと思いながらもディレクションルームに足を踏み入れると、既にマリナとコノミが話しに花を咲かせ、ジョージとテッペイがそれを可笑しそうに聞いていた。
 誰もが、長くは眠っていられなかったらしい。
「あ、リュウさん来た来た!」
 扉の開く音に振り返ったコノミが、嬉しそうにリュウを手招く。
 珍しい呼び込みに、リュウは疑問符を飛ばして首を傾げながらも、自分の席へと寄り、椅子の背を抱えて座り込んだ。
「なに?」
 訊ねればそれだけで、コノミがくすくすと可笑しそうに笑う。
「隊長を、どうやって吊るし上げようかって、相談」
 マリナが笑いながら物騒なことを言うのに、ジョージとテッペイが「そうそう」と可笑しそうに相槌を打つ。
「はあ?」
 上司を吊るし上げるなどと言う、正規の軍隊では考えられないような突飛な発想に、リュウは思いっきり疑問を声に乗せて返した。
「だって隊長は、最初から全部、知ってだぜ?!アミーゴ」
 ジョージの言葉に、今度はマリナとテッペイが「そうそう」と頷く。
 最初から全部知っていた。
 もちろん、ミライ=メビウスのことだ。
 リュウの記憶では、サコミズとミライが着任したのは同時で、今になって考えてみれば、都合が良すぎるタイミングだった。サコミズがもともとガイズの職員なのは広報用の経歴から分っていたが、ミライに関しては、ライセンスを持っていきなり現れて着任した感じで、その前にはどうしていたのかさえ、本人の返答も曖昧だった。地球外暮らしが長いというミサキの言葉で、何となく納得はしていたものの、それも考えてみれば、ウルトラマン故の経歴でもある。
 戻ってきたミライを囲んで、皆が軽い興奮状態の中、帰ろうと促すサコミズは、さすがに嬉しそうな表情ではあったが、ひとり冷静だった。それに気付いたのは、やはりコノミだった。こういうことは、彼女がいちばん鋭い。そして、立場をきちんと弁えながらも、いちばん怖いもの知らずなのもコノミだ。
「隊長。もしかして、ミライくんのこと、知っていたんですか?」
 いつも穏やかな雰囲気なので、気付きにくくはあったが、確かに言われてみれば、その表情には驚愕や興奮よりもずっと、安堵の色が濃い。
「・・・うーん、そうだね。知ってはいたんだけどね」
 指で目元を掻いてそう言いながらも、「黙っていることが基本らしいから、ミライも私も言えずにいたんだよね」と、隠匿事項があったことに対しては、その場では軽くかわされたが、知っていればこそと今更ながらいろいろと納得のいく、これまでのミライの言動に対する、数々のフォローが思い起こされて、そのときリュウはただ単に笑った。だが、今朝のこの感じでは、隊長だからこそ、そのまま逃がしてはもらえないようだ。
 しかし、ミライに関しては、誰も何とも言わない。言えないのではなく、そんなことをする気にもなれないし、そんなことを詰め寄らなければならない、つまらない理由も無い。仲間であることに変わりは無く、大切な存在であることにも、変わりは無い。ただそれだけで、十分なのだ。それに、あの生まれたてのひよこのような、素直で愛くるしい印象の奴を、吊るし上げる気には到底なれない。
「サコミズ隊長、今日は会議で出張だから、帰りは夕方だぞ」
 リュウが、そんなこと言っても今日は相手が不在だと、現場指揮担当の副隊長格らしく、上司のスケジュールを把握して告げれば、「だったら、策を練る時間は沢山あるってことですね」と、テッペイが頷いて見せた。
 ・・・いや、そうじゃねえから。
 何故か何となく、サコミズを庇いたくなってきているリュウは、確かに、自分も他の4人よりも少し早くにこのことを知ったが、言えなかったよなと、その庇う理由をこじつけた。あの、嘘をつけない宇宙人が、ずっと黙っていたのだ。黙っていることが彼らのルールだったのだろうが、楽ではなかっただろうと、それを考えると、言えなくなってしまうものだ。
「隊長、会議出張ですか? ちょっと気の毒・・・」
 コノミがふと、リュウの言葉にのってくる。
 あのぎりぎりの戦いを終えて、すぐに出張とは気の毒だということなのかと、「まあ、休む暇なくて確かに気の毒だけどな」と応えると、「えっと、そっちじゃなくて・・・」と口篭られて瞬いた。
「多分、サコミズ隊長、すっごくミライくんのこと心配していると思うの。だから、いまフェニックスネストを離れるのは嫌だったんじゃないかなぁと思って、・・・それで、気の毒だなぁって」
 コノミの言葉に、一応は皆、それはそうだろうと頷きはしたが、ちょっとした違和感を感じて、一斉に瞬いてコノミを見て、その先の言葉を待った。
「っえ?!」
 瞬き返すコノミへ、リュウが問い直す。
「ミライの状態、そんなに心配するほどじゃないよな?」
 今朝リュウはメディカルエリアには立ち寄っていないのでそう確認すると、「大丈夫ですよ」とのテッペイの応え。その後にまた、コノミが「ええと・・・」と口篭る。
「何だよ。はっきり言えよ」
 リュウのそのいつもの強い調子の言い方に、マリナが後ろから頭を叩いた。後頭部を抱えて「いてぇ!」と小さく睨むものの、マリナには効かない。
「あのぉ。じゃあ言っちゃいますけど、隊長には内緒ですよ」
 コノミが皆を見回して、こっそりと口を開いた。
「隊長って、いつも凄く冷静じゃないですか。なのに、メビウスが現れると、ちょっと、落ち着きがなくなるんです」
 はあ?!
 皆がまた一斉にコノミを見つめる。
「皆さんは現場に出ちゃってますし、テッペイさんは分析とか忙しいから気付かないかもしれませんけど、わたしは隊長の様子を見ながらオペレートすることが多いので・・・」
 声を落して話すコノミのぐるりがぐっと狭まって、ほぼ全員が額を突き合わすばかりの状態で聞き入る。
「隊長は、それまではテッペイさんと分析したり、避難指示出したり忙しくしてるのに、メビウスが出て来ると、メインモニターに釘付けなんです。苦い顔したり、拳を握っちゃったりして、メビウスがやられると、すんごく心配そうな顔して、それで勝った後は、ものすごくホッとした顔するんですよ。わたしずっと、サコミズ隊長は以前のウルトラマンを見たことがあって、だから、やっぱりウルトラマンが大好きだから気にしちゃうんだなぁって思っていたんですけど、今考えてみると、あれは違いますね。ミライくんのことがすんごく心配だったんですよ! 絶対、ミライくんが心配で心配で仕方なかったんですよ」
 力説するコノミの証言に、皆、一同に瞬いて聞き入っていたが、その直ぐあとには頷いていた。
 確かに、心配だ。
 あのメビウスが、あのミライだと知っていたのならば、心配せずにはいられない。悪いとは思ったが、皆何の疑いもなく、そのことには納得できた。
 知っていたのならば、自分達とて、落ち着いていられたかどうか分らない。
 現場に出ていればやるときはやるミライだが、あの、普段の不思議ちゃんで天然なところを知っていて、心配するなと言うほうが無理だ。絶対に無理だ。何処で何をやるか分らないと、はらはらして見てしまうに決まっている。
「まあ、ミライくんですから・・・」
 テッペイが妙な相槌を入れたが、誰もそれを変だとは思わなかった。
 何せ、ウルトラマンがあのミライなのだ・・・。
 皆、「ミライだから」という事実と共に、奇妙な感慨に耽っていた。
「あ、あれっ?」
 不意にマリナが声を上げた。
「もしかして、この後私達も、そうってこと・・・?」
 気づいてしまった事を、慌てた声で口にする。
 一同の間に、衝撃が走った。
 あのサコミズ隊長が、コノミにありありと分るくらい心配していたくらいだ。最初から比べれば格段に成長したとは言え、メビウスはメビウスでミライだ。自分達はどう考えても、コックピットやここから、静観していられるとは思えない。確かに、今まで同様、メビウスを信頼していられないわけではないが、黙って見ていられるほど、自分達は大人ではない。届くか届かないかなんて関係なく、口を出さずにはいられないだろう。
 ・・・多分。
 それを考えると、よく、今まで隊長の胃に穴があかなかったものだと、感心する。
「・・・まあ、隊長も、今まで大変だったってことだよな」
 リュウがぽつりと呟いた。
 皆、黙って頷いた。
 きっと大変だったはずだ。
 押し並べて想像できるところがまた失礼だとは思うが、本当のことなので否めない。
 普段のフォローから、現場のフォローまで。自分達だって心配しちゃうような不思議ちゃんなのだから。ましてや、昨日ちょっと聞いたところでは、ガイズに入る前の僅かの間、ミライを引き受けていたのはサコミズなのだという。
 大変でしたね・・・。
 今なら皆、そう言って労いの言葉をかけただろう。
「そう考えると、吊るし上げるのは、気の毒ね・・・」
 マリナの不穏な単語を含む発言にも、皆、頷いて同意した。
 隊長の吊るし上げは無し。
 ちょっとそれは、ここまでの苦労を思えば、無しとしたくなるだろう。
 人として。
「医務局に頼んで、皆さんの分の胃薬、用意しておきますね」
 テッペイのどこかずれた気配りに、他の4人は礼を述べる。
「じゃあ、隊長は無罪放免ってことにするか? アミーゴ」
 仕方ないよなと、ジョージの言葉に皆が頷きかけた中、ふと、コノミが顔を上げた。
「あっ、確か今日は、隊長のお誕生日です」
「どこからつながんだよ!」
 ミライ並の突飛な発言に思わず突っ込んだリュウへ、「さっきマリナさんと話してたんです」とコノミはにこやかに返す。
「そうそう。・・・あっ、そうか!」
 何かに気付いたマリナも、声を上げた。
「だから、なんなんだよ!」
 訳が分らずに突っかかるリュウを無下に押し戻して、マリナはコノミと見合わせて、楽しそうに笑った。
「せっかく、イベントを開催する気でいたんだから、無しにするんじゃなくて、吊るし上げからバースデーパーティーに変更でいいじゃない!」
 上官の吊るし上げも、イベントなんですか?
 リュウは思わず突っ込みたくなったが、今度は上手に口に出さずに処理できた。
「そうか、隊長は今日がお誕生日か」
 テッペイが何故か感心したように頷く。
「しかし、自分の誕生日に出張とは・・・」
 隊長も気の毒に・・・。そう続けたジョージに、リュウも頷いた。
「じゃあ、そうと決まれば、ケーキを用意しないと! わたし、食堂に頼んでみるわ」
 いつ決まったんだよ!
 またもや突っ込みかけて、危うく飲み込んだリュウだったが、なんだか楽しそうなので、このイベントにはのることにした。
「わたし、飾り付けの用意します!」
 嬉々として手を上げるコノミに、それでもリュウは辛うじて、園児仕様は止めてくれと頼むことができた。
「なんか、楽しいですよね」
 何故か棚の中に並んだ怪獣のフィギュアを出して、いそいそと並べながら言うテッペイの声も弾んでいる。
「ま、いいんじゃない。ミライが目を覚ましたとしても、こんなことの中なら楽しくって」
 ジョージの言葉に「まあな」と返してリュウは、やっぱり何となく大変なことになってますよ隊長と、ケーキの為に食堂へ向かうマリナを見送りながら、心の中でエールを送った。
 まあ、たしかにな。
 飾り付けに必要なものを考えるコノミを見て、リュウは笑った。
 何に託けたとしても、こんなこと中なら楽しくていいだろう。あの、天然ボケの不思議ちゃんのくせして妙に真面目な仲間でも、こんなことの中なら、いつもの通りに入ってこられる。
 マリナとコノミに、ちょっと感謝した。
 きっと誕生日パーティーなんて、あいつは初体験だろうしなと思いながら。


end





いや、単に、29話のサコさんの「無理をするな」とか、メビがやられちゃったときの目の逸らし方とか、かなり好きというかなんと言うか、・・・好きなんだよね。(笑)
と言うことで、ほとんど作戦中はディレクションルームに一緒にいるコノミちゃんに、喋ってもらいました。