Professional?玄人-/kiya




 砕石の敷かれた道を削り取るようにして、オフロード用のタイヤが踏み走る。
 弾け飛ぶ砂利がホイールと木立に当たり、荒々しい駆動音と共に鋭い音を山中に響かせて行く。
 悲鳴が、上がった。
 渓流沿いの広い川原には、ハイキング客と思しき幾人かのグループ。
 急停止した車体が停まるか停まらぬかの内に、助手席のドアが開いて、飛び降りるようにして転がり出て来た人影が、流れるような動作で立ち上がり駆け出す。手にはギターを模した剣戟の武器。それを追うようにして、エンジンへの負担を最小限に食い止めたタイミングでサイドブレーキを引いた運転席からも、もうひとりの男が飛び降りて、駆け出した。
「逃げろ!」
 先を走るサバキが、ハイキング客達へ叫ぶのを聞きながら、後から石割は視界に入った魔化魍との距離を計り、サバキの後方へ回り込むようにして、川原へ走り込む。
「こっちです!」
 誘導の為に声を上げてから振り返れば、魔化魍とは反対の下流から近付いてくる異形の人型が二体、目に入って舌打ちした。
「サバキ!」
 相棒の名を呼ぶだけで、前後を挟まれた切迫している状況を伝えれば、阿吽の呼吸で未だ距離のある魔化魍と童子と姫との間合いを計って、瞬きの間に石割の側に立つ。車を乗り捨てた林道に繋がる木立の中へ、ハイキング客を伴って逃げ込むタイミングを計りながら、いい動きだと石割は少しだけ口の端を上げた。
 今回のトレーニングの組み立ては、やはり上々。
 専属サポーターたるもの、鬼の管理も仕事のうち。
 戦績は地道な管理の上に成り立つ、サポーターの評価も兼ねている。
 もう直ぐボーナスの査定時期。このペースで行けば期待できそうだ!
「サバキ」
 残りの距離を、じりじりと詰めてくる怪童子と妖姫に向き直りつつ、反対側の魔化魍を閻魔で威嚇する人の姿のままの鬼の背へ、石割はいつもの調子で声を掛ける。
「何だ?」
 返される声もいつもの調子で、事ここに至っては、のんびりしているとさえ言える。
「さっきの話だがな」
 タイミングを計りながら、緊迫感のない声で続ける。
 さっきとは、ここへ来るまでの車の中で話していたこと。
「『夢蘭』のマキちゃんの誕生日プレゼントだけどな、やっぱり花だろう」
 そう続ければ、「うーん、花かぁ・・・。もうちょっとこう、捻ったものないか?」と、閻魔を構えたサバキが返す。
「捻ると外すぞ」
「だからそれは、外れないものを、な。 お前、なんか思いつかないか?」
「ほうー、俺に一任するのか?」
「おう、一任する」
「文句言うなよ」
「ダサかったら、文句言う」
「だったら自分でも考えろよ」
変わらぬ調子で、差し向けて引き取って放り出す。
 車の中から続いている同じやり取りは、魔化魍を目の前にしても同じ調子で繰り返されていて、さすがベテランと言うべきか、さすが若手の手本には絶対に使われないペアだと言うべきか、表現が難しい。これでいて、一応は弟子を輩出したのだから、まあそれなりなのかと思えないこともないが、褒めるべきはその弟子の人間性なのだろうとは、周囲の一致した見解でもある。ボーナス査定の今の時期、現場で最も緊張しなければならない瞬間にこの会話では、例え結果が良くとも、評価は高くないだろうと思われた。だが、そこは長年この時期をやり過ごしてきたベテラン組で、不要な記録はきちんと、記録係の大猿の映像付きレコードからは削除して、綺麗に編集して提出している。そして、そんなことに対してでも、頭脳担当の石割の腕は、無駄にかなりのものだった。
 人外のもの。
 巨大な魔化魍。
 魔物の放つおぞましい気配。
 そんなものを前にして、呑気に女の子へのプレゼントの話をする男達に、彼らの後ろの一団は、恐怖に怯えながらも、訝しげに眉を寄せた。逃げろと言われて、こっちだと誘導されて背に庇われている状態の、こんなところにハイキングに来た間の悪い人達ではあるが、良識はサバキと石割よりは持ちえている。
「マキちゃんの店って、落ち着いた小さい店だからなぁ、店でパーティーって訳にもいかないしなぁ」
 サバキが呟く。
「良いんじゃないか、その分豪華にして」
 石割が返す。
「デリバリーでも入れるか?」
「隣の料亭から入れよう。ケーキはホテルのレストランに特注で頼むのが良いだろう」
「うーん、予算かかりすぎじゃないか?」
「まあ、・・・大丈夫だろう。今回のボーナスの査定には、自信があるしな」
「おうっ、じゃあ、それでいこう! あ、『ピンクローズ』では内緒な」
 二人揃って行きつけのかわいい店では、他の店の事は他言無用。
「ミミちゃんの店でもだろう」
 サバキのお気に入りの女の子のいる店でも、そんな無粋なことはしない。
 石割は後ろにいるハイキング客達へ、ゆっくりと下がるように指示しながら、タイミングを計った。
「そうと決まれば、ボーナスは多いほうがいい!」
 最後の間合いを、怪童子と妖姫が駆けて詰めてくるのを見据えて、石割は少し声を上げて、筋肉での戦績担当を鼓舞する。
「あの料亭の飯、高いからなぁ」
「査定落とさないように、気張れよ!」
「おうっ!」
 言い終えた直後に飛び掛ってきた怪童子を、サバキは閻魔の一振りで切り捨て、その間に石割は、背後に庇っていたハイキング客と共に、木立の中へ飛び込んだ。
「こっちです!」
 車を置いてきた辺りへ向かって先導しながら、確認と警戒の為に振り返り、視界の端に魔化魍を映す。
 響いた小さな弦の音と、魔化魍の咆哮。
 悲鳴を上げて懸命に走るハイキング客達の最後尾に着き、共に走りながら、裁鬼の気配が調子よく戦っていることを感じて、石割はニヤリと笑う。
 調子は上々。
 戦績も期待できる。
 マキちゃんの誕生日は絶対、パーフェクトに仕切れる!
 ボーナス残すなんてなぁ、男の恥だと普段から言い切る裁鬼の鮮やかな戦いぶりに、迷いは微塵も感じない。
 OK相棒、綺麗に使おう!
 突発出動の今回、特別手当だって出るはずだ。マキちゃんのパーティーとは別に、他の店の女のこのことだって忘れたりはしていない。綺麗にきちんと、使いきってこそ男だ!
 もう一度口の端で笑って、石割は逃げる一団の殿から先頭へと駆け戻り、先導する。
 オフ中の計画は、完璧。
 蟻の穴も無いくらい、完璧の筈だった。 
 ただひとつ、突発の出動さえ入らなければ・・・。



「ケーキさぁ、ちゃんと届くよな・・・」
「ああ、届くはずだな。マキちゃんのバースデーケーキ」
「隣の料亭も料理、ちゃんと届けてくれるよな」
「大丈夫だろう。段取りは完璧だ」
「そうだよなぁ。段取りは完璧だったよなぁ」
「ああ・・・」
「ただ、その場に俺たちがいないだけでなぁ〜」
 助手席で、自棄のように言い放つサバキの隣で、石割も法定速度など見えないかのように、アクセルを踏み込む。
 バケガニなんだよねぇ。
 朝から髭を当たって風呂にも入って、今日は出かけたら携帯の電源も切るぞと思っていた矢先にかかってきた、たちばなからの出動要請。「響鬼に行かせて下さいよ!」と言いつつも、それでも長年プロとして魔化魍退治で飯を食ってきた鬼とそのサポーター。
「ボーナス、もう一回出ないかなぁ・・・」
 ぼやくサバキの隣で、何とかして今回の手当ての割り増しを考える石割。
何だかんだと問題児扱いされるオヤジたちだが、結局は女の子のお店よりも、現場を選ぶ二人だった。