Job−お仕事−/kiya
「え〜、なにそれぇ〜」
少し賑やかなBGMの流れる、ほの暗い店内のボックス席で、女の子が何人か、声を上げて可笑しそうに笑う。
「あれ? これ駄目? カッコよくない?」
そのボックス席の本日の主は、他の席の接客に付いていない女の子の半数をみんな集めて、自分の発言があらぬ方向へウケたことに、首を傾げた。
「駄目? ヒーロー業? じゃあ、人助けは?」
「今度は地味すぎー」
差し出された新しい水割りを、この店では一番付き合いの長いマユミちゃんから受け取りながら、サバキは再びのNGにちょっと悩む。
「地味ねえ。んじゃ、これでどう? 正義の味方!」
どれも変わんないじゃないぃ〜。結局は女の子達に声を揃えて笑われた。
「お前なぁー、捻りなさ過ぎなんだよ、それじゃ」
不意に、後ろのボックス席から、呆れたような石割の声が割り込んできた。
「ああ? なにそれ。んじゃお前、俺達の仕事、何て説明すんだよ」
サバキはがばりと振り返って、後ろから石割に詰め寄る。
「簡単だろうが。お前はなぁ、下手な方向へ隠し過ぎなんだって」
店の残りの女の子を揃えて横に着かせた石割りは、肩越しに振り返ってサバキにそう忠告をすると、やはり一番付き合いの多いミヤビちゃんからウイスキーのオンザロックを受け取って、こう言った。
「ヒミツの仕事だから、秘密なの」
伊達メガネの奥で、石割は女の子達に笑いかけ、女の子達もくすくすと楽しそうに笑い返す。
「・・・全然、説明になってねぇような気ぃするんだけど」
胡散臭げに石割の態度を見て言うサバキの周りで、またしても可笑しそうな笑い声が起きる。
「説明なんかしていないからな」
しれっと言って、石割は楽しそうにグラスの中の氷を回した。
「あら、やっぱり今日も、教えては頂けないんですね」
不意に、この季節に合わせた、花びらの染め抜きが美しい浅黄色の着物を着た女性が、そう言って石割のボックスへとやって来た。この店のママはサバキと石割が飲み歩きをはじめた頃からの顔見知りだが、きちんと客との距離をわきまえていて、突っ込んだことは聞いてこない為、随分長く付き合っている。
「秘密だからね」
石割がにやりと笑い、サバキも「まあ、たしかに喋るなとは言われてるけどな」と少しだけ唇を尖らす。
「こういったお店では、言い難いお仕事もありますものね。でも、佐伯さんの説明はいつも楽しくて、私は好きですよ」
落ち着いた華やかなママの笑顔に後押しされて、サバキはフフンッと石割を後ろから鼻で笑って、裏拳を受けそうになって慌ててブロックした。
「ん?」「あっ?」
そんなちょっとしたじゃれあいの中、ふたりは同時に胸ポケットへ手を当てた。
本日は非番。休暇ではないので、携帯の電源は切ったら怒られる。以前に何度か切っていて、香須実に本物の鬼のような形相で馴染みの店を虱潰しに探されて見つかったり、偶然一緒にいたザンキへの連絡で発見されたりして、後で大量の始末書と向き合う羽目になったこともあって、非番のときはなるべく切らないようにしている。
まあ、一応、なるべく。
ふたりして嫌そうな顔をして携帯を取り出し、ふたりして伝言を確認して、ふたりして派手な天井を仰いだ。
「お仕事ですか?」
付き合いの長いママは、そんなこともちゃんと心得ている。
石割の手からまだ口をつけていないグラスを受け取り、隣のボックスのサバキへは、酔い覚ましの水を出すようにと、女の子達へ指示を出す。
「こんな時間に、新潟との県境なんかで出るなよ。夜駆けかよ・・・」サバキが嫌そうに呟くと、「夜だから俺達に回ってきたんだろう」と石割りは渋々と席を立つ。
「小僧に行かせろ。小僧に」行きたくないと、バンキが行けばいいんだとソファーに座り続けるサバキだったが、「小僧はゼミの研修で、昨日から四国だろうが」と相棒に駄目だしされて、バタバタと地団太を踏んで、結局はソファーから立ち上がった。
「お仕事終わったら、また直ぐに来てねー」
女の子達に見送られて、サバキも石割も愛想良く返事を返したが、胸の中では笑えない。
こんなことは、今日が初めてではない。何だか最近は弦の専門でなくとも、非番の日には突発の出動要請が多いような気がする。いや、確かに多い。いくら忙しいとは言え、何故かか俺達のところにばかりに依頼が来るような気がすると、勢地郎へ電話で尋ねてみたが、そんなに気になるならば、ここへ来て出動表を確かめて見ればと言われて、それは遠慮した。
事務局に顔出す暇があるなら、ミミちゃんやエリちゃんに会いに行かなきゃだし、事務局に行ったら、備品破損の始末書が二十枚ほど溜まっているのをまた、突付かれてしまう。
行きたくない。行きたくない。行きたくない。
実はずっと、石割が書いた始末書を提出していたのだが、それがばれて、以降は鬼自身の作成でないと却下!とされて以来、溜まり続けているのだ。
石割も、サバキにきちんと書かせる指導をするくらいなら、マナちゃんやリンちゃんに会いに行くほうを選びたかった。
「私ね、あの人たちはきっと、運び屋さんじゃないかと思うのよ」
一通りの客足が去った後、サバキや石割と付き合いの長いママは、店の女の子達に笑ってそう言った。
何の運び屋なんですか?と突っ込みたくなる表現ではあったが、単なる宅配便ではないだろうと思うと、想像が膨らむ。
「人助けって言ってたから、赤十字の血液を運んでるとか?」
ミヤビちゃんが言えば、「夜逃げやさんなんじゃない?」とマユミちゃんも言う。
「でもね、人助けする正義の味方でしょう?それで運び屋さんなんて・・・」
誰もが首を傾げる中、ママはころころと上品に笑った。
「アンパンマンの顔を運んでるのに、決まってるじゃないの」
一瞬、何か沈黙が流れたような気がしたが、誰も突っ込まなかった。この女性が言うと、何故か真実味があると、女の子達は揃って胸の中で頷いたので。
「ベースの設営なんていらねぇ。さっさと行ってハリネズミ三匹片して、明日からの休暇は絶対もぎ取る!」
現着した途端、サバキは助手席から飛び降り夜の山に吼えた。
「どっちかっつーとハリモグラだろう。閻魔出すんならついでにDA出して、仕事に行かせる為の書き込みしててくれ。派手に暴れる前には、先ず地味な仕事から」
後部座席の未曾有の備品の中からランタンを探し出しながら、冷静に石割は言って、地図を差し出す。
「へーい」
受け取ってサバキは、仕方なく地味な仕事をはじめた。
秘密裏に、アンパンマンの顔を運ぶ人。
近いような、かけ離れているような、そんな仕事に就いているとあの店では決め付けられた事など知る由も無く、彼らは正義の味方業で支払われる給料の大半を、女の子達のいるお店で使い果たすべく、夜だろうと非番だろうと、今日もがんばって魔化魍退治に勤しむのだった。