冬の浜



風が強くて、たまらない。
耳元で唸る音が絶えない。
波音が煩くて、外海の浜は叩きつける振動に震える。
腹に響く波音。

砂利浜を叩く波。
会話さえ攫っていく風の音。
冬の海の現場は、弦の使い手だけが知っている。
冬に限らず、海の現場は何故か、弦で清める魔化魍ばかりが出るから、
冬の海辺に身を置き続ける辛さは、弦の鬼だけが知っている。

唸る風は、冷たく。
叩く波は、冷たく。
波の華と舞う飛沫の潮は、冷たく凍る。

吹き曝しの極寒の現場にある、唯一の暖。
魔化魍の発生に備えた警戒の中、ひたすら待ち続ける中で、唯一点される竈の火という暖。
集めて積み上げて作る石の竈に掛けられた、鍋。
吹き付ける強風に、上げる水蒸気の白さも奪われてかき消されてしまうが、
見るからに温かそうな、竈に掛けられた鍋。
こんな天気のときくらい、レトルトで済ませられたらどうですか?
小柄な石割が呆れたように言うのを背で聞きながら、サバキは笑ってもうひとつ鍋を掛ける。
こんな天気だから、美味い飯が食べたいだろう?
先に掛けてあった鍋は米を炊く。
次の鍋は具沢山の汁物を。
お前はレトルトだと、ほとんど食べないだろう?
言われて石割が、口を引き結ぶ。
あなたのつくる美味い食事に、舌が慣れてしまっているからだとは、言いたくないと。
肩越しに振り返ったサバキが、そんな石割の様子にまた笑う。
こんな、のんびりとしていて、急に魔化魍が発生したら、どうするつもりですか?
きつい言い方は、自分への戒めも含まれていると、サバキは知っている。
出たら出たときだろ。さっさと片付けて戻ってきて、ゆっくり食べればいいだけだ。
笑みの声はそのまま、波音に混じる。
石割が、諦めたような素振りを見せてくるので、また笑う。

波音。
風の音。
肌を刺す風。
凍える潮。

それでもいっとき、一人で出る現場でないことに、感謝する。
竈の火だけが温もりではないことに、感謝する。

白い、波の華。
強風に混じる、白。
曇天の空を、同時に見上げる。

外海からの波に叩かれる、砂利浜。

雪ですねと、石割が呟くように言った言葉は、風にも波にも邪魔されず、
サバキの耳へ、きちんと届いた。








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